2012年8月4日土曜日

ブランドはミームと成れるか #5 studer編

TDA-1540に始まる D/Aコンバータ の特徴を調べていると、CDが世の中に現れてきた頃が思い出される。あの時代が持つ空気や熱気は、懐かしくもあるが、少し含羞を含んだ苦さもある。

黎明期、煌めくCDが何たるかを知らないままに、デジタルが見せる素晴らしいスペックを前にして、こう嘯いたものである。デジタルになったら音は機種によって変らない。アナログレコードは要らない。中には”脱アナログ宣言までした御仁がいて”廃品回収に大量のレコードが捨てられていたのもこの頃であった。

アナログ人間・デジタル人間と云う言葉で世相を捉えていたのもこの頃からではなかったろうか。保守性と先進性 ウェットな情緒と即物的な認識 世代ギャップなど、多くの事柄がこの対比の構造の中で語られていた。今となっては抗うことも出来ないデジタルの中にいる。
”私は、アナログ人間なもので・・・”この台詞を今聞くと奇異にも聞こえるが、”人間”を数値に換言する違和感へのささやかな表出だったのかも知れない。

デジタルの概念は何となく解っていても、実体は【0・1】を知っている程度の素朴なもので、単に次世代の技術として盲目的に受け入れていただけだったように思う。
解っている人は解っていたのだろうが、時代の雰囲気に呑まれた人々は、デジタルという言葉の持つ先進性にすっかり魅入られて自信を持って多くの事を語ったものである。

例えば、LHH2000が語られる時に必ず”14ビットなのに”と枕詞がついていた。暗黙で”14ビットより16ビット”の方が良いとしていた。数字による優劣の訴求。そういったマーケット常套のレトリックは、”バブル”といわれた熱狂が支えていると感じていたが、この不況下にある現在でも正しく有効であるのは、不思議である。

話をD/Aコンバータに戻すと・・
D/Aコンバータ不変の問題は、デジタルからアナログへの変換精度の確保と生産技術の鬩ぎ合いであり、目標とする性能の具現は、微小レベルでの再現性(リニアリティー)に在る様である。

このように捉える事により、TDA-1540に始まりTDA-1541 TDA-1547に続く流れとマルチビット・ワンビット・SACD・DSDの位置づけがより鮮明になると思う。

ここでもう一度D/A コンバータの精度を考えてみたい。考えるにあたってサヤ PURE SPEED殿のコラムを参考にさせて頂いた。D/A コンバータの技術的問題や現状を詳しく分析されている。ここにLHH2000の講評もあったので以下に転載させて頂いた。


----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
LHH2000
LHH2000はノイズシェーパで7dB、4倍オーバーサンプリングで6dBのS/Nが改善されますから、DACのS/Nはデータシートから85dBとありますから(ほぼ14Bit精度)、85+7+6=98dBのダイナミックレンジを達成していたことになります。これは真の16Bit精度です。当時他社のDACは皆16Bit品でしたから、DACの有効精度はせいぜい14Bit程度で、カタログスペックはどうあれ、ダイナミックレンジの実力は85dBそこそこだったと思います。その上、位相特性は悲惨でしたから、LHH2000の音質は圧倒的だったでしょう。しかし、この技術は当時殆ど理解されず14BitCDプレーヤと、馬鹿にされたいた感があります。

                             

最近の雑誌記事から
これはコレクターズアイテムではなく、現役の名機だということを、最近の雑誌記事でも思い知りました。レコード芸術2012年4月号のオーディオ記事に、オーディオ評論家の麻倉怜士氏の記事がありました(CDプレイヤー歴史的銘器聴き比べ~デジタルオーディオの進化を聞く…)。氏はアキュフェーズの最新フラグシップSACDセパレートプレーヤーとリンのCD12、そしてLHH2000の3台ものハイエンドCDプレーヤーを所有し、それぞれの印象を書いた記事です。どうせ新しいほどいいって書いているのだろうと思ったら、なんだかむしろLHH2000が驚異的に音質がいいように見える文章でした。しかも驚くのはよくある情報量はないけどアナログ的で音がいい、みたいなものではなく、むしろLHH2000はCD12よりも情報量が多く、アキュフェーズの最新にもヒケを取らないかのように見えるのです。詳しくは記事を見て欲しいのですが、最後の「3台とも現役である」という言葉が多くを物語っているのではないでしょうか?
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

D/A コンバータの精度
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
デジタルといえば符号化でCDは16ビットであるから、その符号化は 
LSB【0000.0000.0000.0000】からMSB【1111.1111.1111.1111】まで、単純に夫々のビットを【0】と【1】にすればこれで 65536=216 通のデジタル符号化とこれに呼応するリニアリティーが簡単に確保出来ると、迂闊にも考えていた。

各ビットの出力は電流値でビットに対応した電流値を  
【i1.i2.i3.i4.i5.i6.i7.i8.i9.i10.i11.i12.i13.i14.i15.i16】  とする。
MSBの状態を実際の電流出力で表記すると。(長くなって読み辛いので4ビット毎に改行する)

i1=1・i2=1/2・i3=1/4・i4=1/8
・i5=1/16・i6=1/32・i7=1/64・i8=1/128
・i9=1/256・i10=1/512・i11=1/1024・i12=1/2048
・i13=1/4096・i14=1/8192・i15=1/16384・i16=1/32768

ここで注目して欲しいのはi16の値で、i1の僅0.00305%の電流値しかない。これが【1】と読まれるのにi1に必要な精度はその半分の0.00153%、i2でも0.00305%となり、現実では不可能に近いとんでもなくシビアな精度が要求される事を、意味する。

実際には、これほどの精度を実現することは難しく、電流のバラツキによって直線性は崩れ、複雑な非線形動作に陥ってしまう。この非線形特性は、アンプのように連続性を維持していないが故に単純なものではなく、大きな音質劣化をもたらす要因を含んでいる。そもそもデジタルでは、音楽信号を連続性のない量として捕らえている。

参考までに、純粋なマルチビットで24ビットでは更に高精度な分配回路が必要となる。単純計算で深さ24ビットでは0.000006%となる。現在の生産技術を持ってしても24ビットの分圧回路など実現不可能と想像が付く。32ビットは云うまでも無い。という事は、現在の最新鋭の D/Aコンバータ の精度とリニアリティーは、その性能をどの様に担保しているのだろうか?

デジタルの符号化によって担保されていた筈のデータの普遍性と途轍もなく広いダイナミックレンジが確保される筈の直線性は、設計以前に具体的な生産技術がその問題点を顕にする。

デジタルに於けるオーディオの問題点と技術的目標は、可聴帯域以上への伸張や、24ビット・32ビットとビット数を上げる事や、諧調性や高密度の再現というよりも、実際はローレベルでの再現性の確保である事がわかる。

それは、TDA-1540に始まり TDA-1541 TDA-1547 そして現在の最新鋭のD/A コンバータに到るまで、同じ軌道の上にある。この問題にどの様に対処したのか、その実際を見てみたい。

D/A コンバータの実際
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
【 Philips TDA1541A-S1 Double Crown 】 
D/A コンバータの自作や設計をされる方が多く居られるので、既知の事を書くのも臆するが、纒という事で許して頂きたい。DA-1540を使用したLHH2000のトピックが、二段のノイズシェーパ、4倍オーバーサンプリグ、で真の98dB 16Bit精度を実現したのに対し、TDA1541Aは一体の16Bit構成で16Bit精度の実現を目指している。
技術的なトピックはダイナミック・エレメント・マッティング(DEM);THE BINARY WEIGHTED CURRENT NETWORK とTHE PASSIVE DIVIDER STAGEである。
解説は Dutch audio classics nl /に詳細なデータと共にあるので参照して頂きたい。

、              

TDA1541Aの秀逸なところは、それぞれの16ビットに重要度合いによる優先順位を付けて回路設計を行っている事だと思う。
重要と思われる上位6ビットにダイナミック・エレメント・マッティング(DEM)を採用してトリミングを不要として、残りの10ビットには、THE PASSIVE DIVIDER STAGE採用している。


-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ダイナミック・エレメント・マッティング(DEM) は多段の素子を(ここでは4点)駆使して平均値を取ることにより素子のバラツキに起因する処理誤差等を軽減するモノ。

THE PASSIVE DIVIDER STAGE(図中では;10 BIT D)はi16=1/32768を最小単位とした駆動トランジスターを各ビットに対応して実直にその必要分解能分のトランジスターをシリーズに配している。

この2つのコア技術を中心にしてTDA1541Aは構成されている。14ビットのTDA1540を単純に発展せるのではなく10ビットと6ビットに分岐しているところに、”TDA1540を凌駕するコンバータを創る”フィリップス設計陣の強い意志”を感じさせる。

TDA1541Aの実装を見ると外部に7個のコンデンサーが並んでいて何故7つなのかと漫然と眺めていた。コンバータに興味が無い時は16個でない事が、DEMの説明を読んだ後では、6個でない事が釈然としなかったからである。ここにも設計陣の深い配慮がある。i7=1/64をDEMの基準として均一性を高めるために組み込んでいる。

このようにして、TDA1541Aは16ビットの分解能とリニアリティーを実現するために、実質の分解能を確保する為に製造技術の限界を見極めたTDA1540の特徴の上に、構築している事が解る。

マルチビットの製造は、集積度の限界に近い精度を要求するため歩留まりが悪く、スケールメリットを生みだせないというデメリットが避けられない。マルチビットからΔΣ変調器を採用したシングル・ビットへの移行は、時代とマーケット・デジタルフォーマットに不満を持つユーザマインド相互の利益が一致した必然の流れであった。 


















0 件のコメント:

コメントを投稿