2012年6月28日木曜日

Ortofon 【オルトフォン】 SPU GTE の不思議#7

Ortofon SPU GTE をお買上戴き有難うございました。
連絡を頂いてから、念のため以下のとおり、細部のチェック、クリーニング、音だしをしました。
オルトフォンの好事家が、音が良いとしている判断項目にすべてに合致しています。
針先はルーペで確認しながら、メラミンスポンジで入念にクリーニングをしてあります。

使用の注意点
・針圧は、1.9gで確認してあります。アームとの関係もありますが、
 1.5g位までは問題ありません。経験的に 1.9g 前後が良い様に思います。 
・ボトミングし易いので水平に注意ください。
 アームの水平ではなく、カンチレバーの角度に注意してください。
・インサイドフォースは掛けないでください。
・トランスを抱いているので、誘導を拾い易いです。
 シールド線、アースの取り回しに注意ください。特にプレーヤーとアンプ間は接地極を決めて、
 個々にワニ口クリップ付きのケーブル等でノイズが小さくなるところを探すと、ノイズが小さくなる
 状態を見つけ易いです。

長期に不動状態であったために、取り付けた際にがっかりされない様に大目にレコードを掛けて慣らしをしてあります。経験的に20時間を経ると本来の音が再現されると思います。
今までニックス時代のSPUを愛用されていたとの事、音の違いと共に、再現される音楽を楽しんで頂けると思います。 是非感想をお聞かせください。

このカートリッジの詳細を、その経緯と共に・・・


状態
・ダイアティップはカンチレバーに貫通して取り付けてある。
・カンチレバーは拉げた杓文字、或いは 篭手のような形状。
 本品は横から見ると、カンチレバーの先半分程が水平状態に曲げられている。
・ダンパーは透明感のある赤色をしている。
 2段になっているモノと1段のモノがある。 本品は2段です。
・コイル枠は黒色。
・コイルは整然と巻かれ、乱れは無い。
・白文字刻印である。(最初期のものは、白文字ではない。) 
・磁気回路 後方の突起に着色がない。(黄色、緑色のマーキングの事)

音出し
クリーニングを終えた後、ウェルテンパード リファレンスに取り付ける。針圧は、1.9gに設定。
取りあえず、レコード 2枚ほど慣らしをする。

試聴レコード     
ブルーノート サド・ジョーンズ マグニフィセント パリの四月
アトランティック MJQ ヨーロピアン・コンサート ジャンゴ      
ドイツ グラモフォン クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団 ベートーベン 7番
バリリ弦楽四重奏団 ベートーベン 14番
オーディオラボ 菅野邦彦 エブリシング ハップンス トゥー ミー 
フランク・ウェス オパス・デ・ブルース アイ ヒアー ヤ トーキン
リビングステレオ ストコフスキー ラプソディー
オールアート 峰 純子 ジュンコ アンド バーニー

再生状態
さきのブログで記したとおり 針圧は1.9gでまったく問題なく、上記のレコードをトレースしてくれる。本品は更に今まで聞いたSPUと比べてもS/Nが良く、スクラッチノイズの質も最新のカートリッジと比べても軽やかである。SPUの音は重針圧故と云われているが、この音を聴くと、針圧はまったく関係がない事が判る。

びびり音が出易いというSPUであるが、本モデルのトレース能力は極めて高く、ピアノ・ギター・オーケストラ・ヴォーカル 何を掛けてもまったく破綻は無い。

針先のバリエーション
今まで多くのSPUの針先を見てきたが、一つとして同じものが無い。
大別すると、針先にほとんど曲げが無くストレートに近いもの。針先の1/3が曲げられている物、そして本品の様に1/2が曲げられたもの、加えて、カンチレバーの長さに夫々長短がある。この針先の形状、いったいどのような経緯で作られた物なのか考えてみると実に不思議である。

素材がアルミであり加工も容易であるため画一したモノを作る方が昔であっても容易であったと想像するが、作り手によって異なるのだろうか? まさか、音を聴きながら曲げを調整している?

そもそも、カンチレバーを途中で折り曲げる理由は何なのだろう? 強度的には、曲げた部分で大きく毀損してしまうし、カンチレバーの機能からすればクリアランスレベルの確保・トラッキング角など、曲げることはデメリットこそあれ、必要は無いように考えられるのだが?

曲げの一番大きく横から見るとほぼ水平になったカンチレバーのモノは、強度的にも共振(機械インピーダンス)でも不利というか不備な形状と考えられるが、これが一番良い音がするのであるからますます不思議である。

還元主義を超えて 
オーディオを介して音楽を聴く場合に、オーディオマニアであるほど、細かい音が聞こえる、低音が、伸びている。再現される空間が大きい。バランスが・切れ・ヌケが等など こういった細かい要素を個々に判断しがちである。

このSPUが再現する音・音楽は、そういった分析的な聞き方をさせない。

”音楽を聴く” もっと正確に云えば、音楽の内面的体験として捉えた場合に、細かい音が聞こえた、音色が良い、空間が大きい、バランスが良い などという事柄は それらを聞き手に意識させる、或いは意識する時点で、再現された音楽はまだまだ不足のものであると気付かされる。聴き手が、分析的に聴こうとしても何時の間にかそのような聴き方がどうでも好くなってしまう。

では、そこにあるのは、
今 ここに演奏者が ”いる” というリアリティーであり、幻聴である。魔法である。蓄音機の中に人がいる、テレビの中に人が居る、そういった文明が人々に齎した新鮮で素朴な驚きである。 

大袈裟な表現を借りれば、部分の集合がけっして生命の謎を捉えることが出来ないように、音の集合では音楽の総体を表現し得ないという事に近いかもしれない。

オリジナル
今となっては単純な構造で、細部の見直しや改善で、更に音は良くなる筈であった。百家争鳴
選り良くしようという努力は、数多くの末裔を生み出したが、結局は、オリジナルを今だ越えれないというのが、オルトフォンを含めて、事実ではないだろうか。

50年を経た現在、このモデルを入手出来ることは得がたい僥倖と思う。 









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